【古事記】伊耶那岐神と伊耶那美神~神生み・後編「火神迦具土神」

伊耶那岐神(いざなぎのかみ)と伊耶那美神(いざなみのかみ)は多くの神をお生みになられました。

しかし、伊耶那美神(いざなみのかみ)は火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)をお生みになった際、御陰(みほと:女性陰部)に大火傷を負ってしまい病床に就かれてしまいました。

病気でお苦しみになりながら病床で嘔吐し、糞尿を垂れ流してしまいます。ところが嘔吐物から鉱山の神二柱、大便からは土の神二柱、尿からは水の神と生成の神が成りました。

嘔吐物から成った鉱山の神は、

・金山毘古神(かなやまびこのかみ)・金山毘売神(かなやまびめのかみ)

大便から成った土の神は、

・波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)・波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)

尿から成った水の神と生成の神は、

・弥都波能売神(みつはのめのかみ:水の神)・和久産巣日神(わくむすひのかみ:生成の神)

といい、また生成の神の和久産巣日神(わくむすひのかみ)の子には穀物の神である「豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)」がおられます。

その後、伊耶那美神(いざなみのかみ)は、伊耶那岐神(いざなぎのかみ)の懸命な看病の甲斐もなく神避(さむさ:神が亡くなること)われてしまいました。

伊耶那岐神(いざなぎのかみ)は、

「最愛の我が妻の命が、子一人の命とかえることになろうとは思いもしなかった!」

と嘆き悲しみ、伊邪那美神(いざなみのかみ)の枕元、足元に腹ばい涙を流し打ちひしがれておりました。

すると、その流れた涙からは泣沢女神(なきさわのめがみ:泉の女神)が成りました。

*泣沢女神は香山の畝尾の木本(かぐやまのうねおのこのもと:奈良県橿原市木本町)に鎮座する神で、現在木之本町に泣沢神社がある。

伊耶那岐神(いざなぎのかみ)は伊耶那美神(いざなみのかみ)の亡骸を、出雲の国(島根県)と伯伎の国(鳥取県西部)の境にある比婆之山(ひばのやま:鳥取県安来市の比婆山が有力とされている)に葬りになられました。

伊耶那岐神(いざなぎのかみ)の悲しみは募り、また恨み、とうとう腰に帯びていた十拳剣(とつかつのつるぎ・またの名は天尾羽張(あめのおはばり)あるいは伊都之尾羽張(いつのおはばり)とも呼ばれる)を抜き、まだ生まれて間もない火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の首を斬りはねてしまいました。

火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の体からは炎がほとばしり、辺り一面真っ赤な血が噴き出しました。そして、首をはねた十拳剣を伝った血から八柱の神が成りました。

剣の切っ先に付いた血が岩に飛び散ると、石析神(いわさくのかみ)、根析神(ねさくのかみ)、石筒之男神(いわつつのおのかみ)の三柱の岩と剣の神が成り、

剣の根元についた血が岩にしたたり落ちると、甕速日神(みかはやひのかみ)、樋速日神(ひはやひのかみ)、

建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ・建御雷神(たけみかづちのかみ)別名:建布都神(たけふつのかみ)またの別名:豊布都神(とよふつのかみ))の雷と火の三柱の神が成り、

剣の柄に溜まった血が、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)の指の間からあふれ落ちると、闇淤加美神(くらおかみのかみ)、闇御津羽神(くらみつはのかみ)の雨を呼ぶ滝と水の二柱の神が成りました。

さらには、殺された火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の頭、胸、腹、男根(陰部)、両手、両足からも八柱の神々が成り、

頭からは、正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ:山の坂の神とされている)、胸からは淤縢山津見神(おどやまつみのかみ)、腹からは奥山津見神(おくやまつみのかみ)、男根(陰部)からは闇山津見神(くらやまつみのかみ:谷間の神とされている)、

左手からは志芸山津見神(しぎやまつみのかみ)、右手からは羽山津見神(はやまつみのかみ)、左足からは原山津見神(はらやまつみのかみ:山の原の神とされている)、右足からは戸山津見神(とやまつみのかみ:山の入り口の神とされている)、

これらの八柱の山の神々が火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)の体から成りました。

 
伊耶那岐神と伊耶那美神~黄泉の国・前編「八種の雷の神と醜女」へ続く
 

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