【古事記】欠史八代「第六代、考安天皇(こうあんてんのう)」

【第六代、考安天皇(こうあんてんのう)】
第五代、考昭天皇(こうしょうてんのう)崩御後、第二皇子である大倭帯日子国押人命(やまとたらしひこくにおしひとのみこと)が御即位され、考安天皇(こうあんてんのう)となりました。

異称
大倭日子鉏友命(おおやまとひこすきとものみこと)
父・母
【父】第五代、考昭天皇(こうしょうてんのう:御真津日子訶恵志泥命(みまつひこかえしねのみこと)

【母】余曽多本毘売命(よそたらしひめのみこと:尾張連(おわりのむらじ)の祖である奥津余曾(おきつよそ)の妹

兄妹
【兄】天押帯日子命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)
皇后(后妃)
忍鹿比売命(おしかひめのみこと:天押帯日子命(あめおしたらしひこのみこと)の娘。孝安天皇の姪にあたる)
皇子女
第一皇子:大吉備諸進命 (おおきびのもろすすみのみこと)

第二皇子:大倭根子日子賦斗邇命(おおやまとねこひこふとにのみこと:第七代、考霊天皇(こうれいてんのう)

皇居(宮の場所)
葛城(かずらき)の室の秋津島宮(あきずしまのみや:奈良県御所市室周辺)
崩御
百二十三歳
御陵
古事記では玉手岡(たまてのおか:奈良県御所市玉手)、日本書紀では玉手丘上陵(たまてのおかのえのみささぎ)

第七代、考霊天皇(こうれいてんのう)

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