【古事記】常世国の時じくの香(かく)の木の実

またある時、垂仁天皇(すいにんてんのう)は、三宅連(みやけのむらじ:新羅(しらぎ)系の渡来(帰化)氏族)らの祖である、

多遅摩毛理(たじまもり)を常世国(とこよのくに:海の彼方の異世界)に御差遣いになり、非時香木実(ときじくのかくの木の実)と言われる、香りの良く食べると不老不死になるという木の実を求めさせました。

そして、多遅摩毛理(たじまもり)は、ついにその国に辿り着き、非時香木実(ときじくのかくの木の実)を採り、

縵八縵(かげやかげ:「八つの縵」で縵は木の実を紐でつなげたもの)と矛八矛(ほこやほこ:「八つの矛」で矛は木の実が枝に付いたままの物をさす)持って帰ろうとしていた間に、天皇は崩御(ほうぎょ)されました。

多遅摩毛理(たじまもり)は、持ち帰った木の実を分け、縵四縵(かげよかげ)と矛四矛(ほこよほこ)を大后に献上し、

残りの縵四縵(かげよかげ)と矛四矛(ほこよほこ)を天皇の御陵の戸の前に供え、その木の実を捧げて叫び泣きそして、こう申し上げました。

「常世国の非時香木実(ときじくのかくの木の実)を持って参上しました」

多遅摩毛理(たじまもり)は、そう叫ぶと、そのまま死んでしまいました。

その、非時香木実(ときじくのかくの木の実)は、今の橘(たちばな(ミカン科ミカン属))です。

 

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