【古事記】第三十二代、崇峻天皇(すしゅんてんのう)

用明天皇(ようめいてんのう:橘豊之日命(たちばなのとよひめのみこと))弟の長谷部若雀天皇(はつせべのわかささぎのすめらみこと:長谷部若雀命(はつせべのわかさざきのみこ))は、

倉椅(くらはし)の柴垣宮(しばかきのみや:奈良県桜井市内)にて、天下を治め第三十二代、崇峻天皇(すしゅんてんのう)となりました。

崇峻天皇(すしゅんてんのう)が天下を治め統治した期間は四年になります。

この天皇は、壬子年(みづのえねのとし:西暦五九二年)の十一月十三日に崩御しました。

御陵は倉椅岡(くらはしのおか:奈良県桜井市倉橋)の上にあります。

*陵名は倉梯岡陵(くらはしのおかのみささぎ)です。

 

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