【古事記】第十六代、仁徳天皇(にんとくてんのう)「后妃と御子」

大雀命(おおさざきのみこと)は即位し仁徳天皇となり、難波(なにわ)の高津宮(大阪市中央区法円坂辺り)で天下を治めました。

この天皇が、葛城(かぐらき)の曾都毘古(そつびこ:建内宿禰(たけうちのすくね)の子)の娘で、大后の石之日売命(いわのひめのみこと)を娶って生んだ子は、

大江の伊耶本和気命(いざほわけのみこと:後の十七代、履中天皇(りちゅうてんのう)、

次に墨江之中津王(すみえのなかつみこ)、次に蝮(たじひ)の水歯別命(みずはわけのみこと:後の十八代、反正天皇(はんぜいてんのう)、

次に男浅津間若子宿禰命(おあさつまわくごのすくねのみこと:後の十九代允恭天皇(いんぎょうてんおう)の併せて四柱。

また、大雀命(おおさざきのみこと:仁徳天皇)が日向の諸県君(もろあがたのきみ)の牛諸(うすもろ)の娘の髪長比売(かみながひめ)を娶り生んだ子は、

波多毘能大郎子(はたびのおおいらつこ)またの名は大日下王(おおくさかのみこ)、

次に波多毘能若郎女(はたびのわかいらつめ)またの名は長目比売命(ながめひめのみこと)、またの名は若日下部命(わかくさかべのみこと)の併せて二柱になります。

また、大雀命(おおさざきのみこと:仁徳天皇)は庶妹(腹違いの妹)の八田若郎女(やたのわきいらつめ:十五代、応神天皇の娘)を娶り、

また、庶妹(腹違いの妹)の宇遅之若郎女(うじのわかいらつめ)を娶りました。

この、二柱には御子がありません。

大雀命(おおさざきのみこと:仁徳天皇)の御子達は皇子が五柱、皇女が一柱の併せて六柱です。

仁徳天皇の次に、石之日売命(いわのひめのみこと)との御子の伊耶本和気命(いざほわけのみこと)が天下を治め、後に第十七代、履中天皇(りちゅうてんのう)となります。

その次に蝮(たじひ)の水歯別命(みずはわけのみこと)が天下を治め、後の第十八代、反正天皇(はんぜいてんのう)になり、

その次に男浅津間若子宿禰命(おあさつまわくごのすくねのみこと)が天下を治め、後の十九代允恭天皇(いんぎょうてんおう)となります。

 

続きを読む 聖帝の世「さまざまな公共工事」

コメントを残す

  上へ参る

ツールバーへスキップ