倭建命(やまとたけるのみこと)は、荒ぶる蝦夷(えみし:野蛮な者)たちをことごとく説得し、また山河の荒ぶる神々を平定し終え、大和に帰る途中、

足柄から科野国(しなのくに:信濃国(長野県))を越え、その科野の坂の神を説得し従わせ、尾張国(愛知県)に戻ってきました。

そして、以前に婚約をしていた美夜受比売(みやずひめ)の所へと向かいました。

美夜受比売(みやずひめ)は、ようやく帰り、会えた倭建命(やまとたけるのみこと)に大御食(おおみけ:天皇へ出される御膳)を献上し、大御酒盞(おおみさかずき:天皇に差し上げる酒)を捧げて献上し、祝福しました。

その時倭建命(やまとたけるのみこと)は、美夜受比売(みやずひめ)の衣服の襲(おすひ:古代の上着の一種)のすそに月経(つきのさわり:げっけい、生理の血)が着いていることに気が付き、

そして、それを見た倭建命(やまとたけるのみこと)は、歌を詠みました。

「ひさかたの 天(あめ)の香具山(かぐやま) 鋭喧(とかま)に さ渡る鵠(くび) 弱細(ひほぼそ) たわや腕(がひな)を 枕(ま)かむとは

吾(あれ)はすれど さ寝むとは 吾は思へど 汝(な)が著(け)せる 襲(おすひ)の裾に 月立ちにけり」

訳:

「天の香具山を、鋭い声で喧(やかま)しく渡っていく白鳥よ。その細い首のように、か弱い腕を枕にしたいと私は思うが、一緒に寝たいと私は思うが、あなたが来ている上着のすそに月(お月さま)が出ている」

*美夜受比売(みやずひめ)の衣服に着いていた生理の血をお月さまが出ていると表現しており、女性の月経周期を朔望(さくぼう:満月の満ち欠けの周期)に掛けている。

すると、美夜受比売(みやずひめ)は、倭建命(やまとたけるのみこと)の歌に答えて歌を詠みました。

「高光(たかひか)る 日の御子 やすみしし 我が大君 あらたまの 年が来経(きふ)れば あらたまの

月は来経行(きへゆ)く 諾(うべ)な諾(うべ)な 君待ち難(がた)に 我が著(け)せる 襲(おすひ)の裾に 月立たなむよ」

訳:

「高く光る太陽のような皇子。国の隅々までお治めになっている我が大君よ。年月が訪れて過ぎ去れば、月もまた訪れて過ぎ去ります。いかにも、いかにも、あなたを待ちきれずに私の上着のすそに、月も出てしまいました。」

*「やすみしし」は国の隅々までお治めになっている意味で「わが大君」「わご大君」にかかる枕詞。

 

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