応神天皇(おうじんてんのう)は、大山守命(おおやまもりのみこと:高木之入日売命(たかぎのいりびめのみこと)との御子)と大雀命(おおさざきのみこと:中日売命(なかつひめのみこと)との御子)にこう問いました。

「お前たちは、年上の子と年下の子とどちらが愛しいと思うか?」

天皇がこのように問うたのは、年下の守遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ:宮主矢河枝比売(みやぬしやかえひめ)との御子)に天下を治めさせたいと思っていたからでした。

そこで、大山守命(おおやまもりのみこと)は、

「年上の子が愛しいです」

と申し上げました。

そして、次に大雀命(おおさざきのみこと)は、天皇のその心を察して、

「年上の子は既に大人になっていますので、何も心配することはありません。しかし、年下の子はまだ大人ではないので、それは愛しく思います」

と申し上げました。

すると、天皇は、

「佐耶岐(さざき:大雀命)よ、お前の言うことは私の思いと同じだ」

と仰せになり、すぐにそれぞれ二人に命じました。

「大山守命(おおやまもりのみこと)は山と海を政(まつりごと:その領土、人民を統治すること)をせよ。大雀命(おおさざきのみこと)は食国(おすくに:天皇の治める国)の政を執(と)り報告をせよ。

宇遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ)は、天津日継(あまつひつぎ:皇位を受け継ぐための儀礼)を知らしめせ」

*『天津日継(あまつひつぎ:皇位を受け継ぐための儀礼)を知らしめせ』:(皇位継承者であることを周りに認知させるため太子(ひつぎのみこ)となれ)

そして、大雀命(おおさざきのみこと:後の第十六代、仁徳天皇)はこの命令に従い背くことはありませんでした。

 

またある時、天皇は近淡海国(ちかつおうみくに:近江国(滋賀県))に向かい山を越えて行く時、宇遅野(うじの:京都府宇治市)に至ったところから葛野(かずの:京都市北西部)を展望し歌を詠みました。

「千葉の 葛野を見れば 百千足(ももちだ)る 家庭(やにわ)も見ゆ 国の秀(ほ)も見みゆ」

訳:

「葛野を見渡せば、幾つもの家並みが見える。国の素晴らしいところも見える」

そして、木幡村(こはたのむら:京都府宇治市木幡)に着いた時、麗しい嬢子(むすめ)と道の分かれた所で出会いました。

天皇が、その嬢子に、

「あなたは、誰の子であるか?」

と尋ねたところ、その嬢子は、

「丸邇(わに)の比布礼能意富美(ひふれのおおみ)の娘で、名は宮主矢河枝比売(みやぬしのやかわえひめ)と申します」

そう答ええると、天皇はこう言いました。

「私が明日帰る時、あなたの家に寄ろう」

矢河枝比売(やかわえひめ)は、そのことを詳細に父に話しました。

すると、約束通り天皇がおいでになり、酒などを振る舞いおもてなししました。

そして、天皇はその大御酒盞(おおみきさかずき?:天皇が飲む酒の杯)を取ながら歌を詠みました。

「この蟹(かん)や 何処(いづく)の蟹 百伝(ももづた)ふ 角鹿(つぬが)の蟹 横去(よこさら)らふ 何処に到る 伊知遅島(いちぢしま) 

美島に著(と)き 鳰鳥(みほどり)の 潜(かづ)き息づき しなだゆふ 佐佐那美道(ささなみち)を すくすくと 我がいませばや 

木幡(こはた)の道に 逢(あ)はしし嬢子(おとめ) 後姿(うしろで)は 小楯(をだて)ろかも 歯並(はなみ)は 椎菱(しひひし)如(な)す 

櫟井(いちひゐ)の 和邇坂(わにさ)の土(に)を 初土(はつに)は 膚(はだ)赤らけみ 底土(しはに)は 丹黒(にぐろ)き故(ゆゑ) 三つ栗の 

その中つ土を かぶつく 真火には当てず 眉画(まよが)き こに画き垂れ 逢はしし美女(おみな) かもがと 我が見し子ら かくもがと 我が見し子に うたたけだに 向ひ居(を)るかも い添ひ居るかも 」

訳:

「この蟹はどこの蟹だ。多くの地を伝った角鹿(つぬが)の蟹だ。 横に歩いてどこに行く。伊知遅島、美島(いちじしま、みしま:所在不明)に着き、

鳰鳥(カイツブリ:カイツブリ属に分類される鳥類)が潜り、息継ぎするように、上り下りする佐佐那美道(ささなみち)を順調に行くと、木幡の道で出逢った嬢子。

その後姿は 小さな楯のようにすらりとし、歯並びは椎(しい:椎の実(どんぐり))、菱(ひし:菱の実)のように綺麗で、

櫟井(いちいい:不明)の丸邇坂(わにさ)の土、上の土は赤く下の土は黒い。その真ん中の土を直火に当てず炒り、その土で眉を描き垂らしている美女と出逢い、

『ああもしたいものだ』『どのようにもしたいのもだ』と私が思った子、そう思った子と向かい合っているのことよ、寄り添っていることよ」

こうして、交わり生まれた御子が宇遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ)なのです。

*この話は、天皇が天下を治めさせたいと思っていた宇遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ)が生まれるまでの二人の馴れ初め話です。

最も愛した后との御子だったからそう思ったのではないでしょうか。

 

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