【古事記】下つ巻

【古事記】下つ巻

【古事記】第二十五代、武烈天皇(ぶれつてのう)

仁賢天皇(にんけんてんのう)と春日大郎女(かすがのおおいらつめ)の間に生まれた御子の小長谷若雀命(おはつせのわかさざきのみこと)は、長谷の列木宮(なみきのみや:奈良県か)において、天下をお治め第二十五代、武烈天皇(ぶれつてのう)となりました...
【古事記】下つ巻

【古事記】第二十四代、仁賢天皇(にんけんてんのう)

袁祁王(をけのみこ:顕宗天皇(けんぞうてんのう))の兄の意祁王(おけのみこ)は、石上(いそかみ)の広高宮(ほろたかのみや)において天下を治め、第二十四代、仁賢天皇(にんけんてんのう)となりました。仁賢天皇(にんけんてんのう)が、大長谷若建天...
【古事記】下つ巻

【古事記】大長谷王(おおはつせのみこ:雄略天皇)の御陵の破壊

顕宗天皇(けんぞうてんのう)は、その父王(ちちみこ)の市辺之忍歯王(いちのべのおしはのみこ)を殺した大長谷天皇(おおはつせのすめらみこと:雄略天皇)を深く恨み、その霊(みたま)に報復しようと思われました。そこで、その大長谷天皇の御陵を破壊し...
【古事記】下つ巻

【古事記】置目老媼(おきめのおみな)「市辺之忍歯王の御骨」

この顕宗天皇(けんぞうてんのう)が、その父王(ちちみこ)の市辺之忍歯王(いちのべのおしはのみこ)の御骨(みかばね)を探し求めていた時、淡海国(おうみくに:近江国(滋賀県)の賤しい(いやしい:身分の低い)老媼(おみな:年配の女)がやって来て申...
【古事記】下つ巻

【古事記】第二十三代、顕宗天皇(けんぞうてんのう)

伊耶本若気王(いざほわけのみこ:第十七代、履中天皇(りちゅうてんおう))の御子、市辺之忍歯王(いちのべのおしはのみこ)の御子の袁祁之石巣別命(をけのいはすわけみこと)は、近飛鳥宮(ちかつあすかのみや:所在未詳)にて天下を治め、第二十三代、顕...
【古事記】下つ巻

【古事記】袁祁王(をけのみこ)と志毘臣(しびのおみ)の歌垣

意祁王(おけのみこ)と袁祁王(をけのみこ)が宮に迎えられ、袁祁王(をけのみこ)がまだ天下をお治め第二十三代、顕宗天皇(けんぞうてんのう)になる前の事、平群臣(へぐりのおみ)の祖である志毘臣(しびのおみ)が歌垣(うたがき:男女が互いに求愛の歌...
【古事記】下つ巻

【古事記】二皇子の出現「意祁王(おけのみこ)と袁祁王(をけのみこ)」

山部連(やまべのむらじ)の小盾(をだて)が、針間国(はりまくに:播磨国、兵庫)の長官に任命された時、小盾(をだて)はその国の人民の志自牟(しじむ)の新築祝いの宴会に訪れました。そこで盛んに酒宴をし、酒も酒酣(たけなわ:酒で出来上がった頃)な...
【古事記】下つ巻

【古事記】第二十二代、清寧天皇(せいねいてんおう)

雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)の御子の白髪大倭根子(しらかのおおやまとねこのみこと)は、伊波礼(いわれ:奈良県内)の甕栗宮(みかくりのみや:所在未詳)にて、天下をお治め、第二十二代、清寧天皇(せいねいてんおう)となりました。この天皇(すめら...